自分とロバが一年、暮らせるんだ

1995年 ヨーロッパを巡る旅 スペイン編



グラナダから乗ったバスで
隣り合った小柄なおじさんは
これからマドリッドへ出稼ぎに行くのだという

おじさんの家はグラナダから
さらにバスで20分ほどの村にあるそう

マドリッドで2カ月働けば
自分とロバが一年、暮らせるんだ
と、言う





まってまって

2カ月働けば、一年、暮らせるの?

おじさんと?ロバが?

え、ロバなの?!
(おばさんじゃないのね・・)



ロバと言えば、ロシナンテですね
世代が限られますが

「進め!電波少年」というテレビ番組がありまして
お笑いコンビのドロンズが
南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイクの旅をした際に
同行したロバの名前がロシナンテ
これが、1996年10月スタート

ちなみに同番組の猿岩石版
ユーラシア大陸横断ヒッチハイクは
その半年前の1996年4月~10月

なので
1995年にいたわたしは、翌年
ロシナンテをテレビで見て
グラナダのおじさんを思い出すわけです


戻します


健康保険とか年金とか?
雇用保険はー?
イケるの?
どーなってる、のぉぉーっ?

ロバに衝撃を受けたつぎの問いがソレ
半年ほっつき歩いているわたしがよく言うよ
と、いまなら思うんですけど

それにしても
若いのに思考がシブイにもほどがあります
もうすこし、ポップな質問してほしい
ロバの名は?とか
(ポップかな)


この会話、スペイン語(わたしは話せない)と
お互いがギリで知ってるカタコト英語
どこまで真を掴んだ問いかけだったのか
どこまでその意をくんだ答えだったのか・・

アンダルシアの広大な土地に
ポツンとあるおじさんの家
ロシナンテを連れて散歩に行くおじさんが
目に浮かんでくる完全な妄想とともに

はるばるハポン(日本)から来たガールと
アンダルシアおじさんの会話は
けっこう盛り上がったのでした



数日過ごしたグラナダは
歩けば歩くほど表情が変わり
とても面白い街でした

かつてのイスラム教徒の居住区
旧市街のアルバイシン
サクロモンテの丘はロマ族の居住区で
丘の斜面に穴を掘って作った洞窟風の家が並ぶ

そして、アルハンブラ宮殿
長く支配していた
イスラム勢に陰りが見えるなか建てられ
最後の砦ともいわれた
グラナダ王国アルハンブラ宮殿

イスラム文化がぎゅぎゅっとこめられ
イスラム建築の傑作といわれています
最終的にキリスト教勢に渡るのですが
あまりの美しさに敵城ながら破壊しなかった、とか

装飾細工が
ものすごかったのです

漆喰、石膏、鍾乳石、あらゆる材料に
精巧な幾何学模様が
壁から柱から天井まで
いたるところに施されていて
壮麗!圧巻!
もう、何と言ったらいい?

だけど、その圧倒的な美しさが
少し怖かった

宮殿から少し歩いたところに
夏の邸宅としてつくられた
ヘネラリーフェ離宮があるのですが
その中心にある庭には
50mほどの細長い池、まるで川のような水辺があり
周りを囲む細い噴水からチラチラ水が舞って
花壇には色とりどりの花が咲いている

そうそう、蝶が飛んでいて
だいぶん慰められた記憶アリ


歩いてホテルへ帰る道すがら
やっぱり、バルに行ってみよう!と決心

気になってはいたものの
大人が多そうなバルはちょっと怯む
が、しかし、飛び込んでみるのだ!

バルデビューのお店は
入口からカウンターが奥までのびる
細長くて青を基調としたお店でした

カウンターにずら~っと並らぶ
総菜がちょこんと乗った小皿に
テンションが上がる
ひとり飲み、二人でと、
数人がワインを飲みながら総菜をつまんでた

こんにちは~と入ってみると
店のおじさんがにっこりしてくれたものだから
ひとまず何かをクリアした気分

「セルベッサ(ビール)、 ポルファボール」
というとビールが、そして
小皿、タパスが出てくる
お通しみたいだ

フリット、揚げ物だったかと思うのですが
これがめちゃくちゃ美味しくてですね!
グーサインでおじさんに報告

やばい、たのしい

続いてワインの赤を頼むと
おじさんがタパスを指す
どうやら選ばせてくれるらしい
隣の人が食べてるものを指した
同じものを!

出てきたタパス食べる、美味しい!
隣の人に、美味しい顔でグーサインで報告
隣の人たちもうれしそうに笑う

やばい、たのしい

たのしい、やばい



たのしいけれど
大丈夫、スペインはまだ続く

これまで得た危機管理センサーがきちんと働き
ごちそうさまで、お店を出たのでした


ん~、なんかこの時なのかな
味を占めてしまったのは

絵を描いて写真を撮り、文章にして、まわりのモノ・コトを描き留めます。