君を食べたりしない

1995年 ヨーロッパを巡る旅 スペイン編


写真を撮ってもいいか、とカメラを構えると
お!と、目を見開いて
ポーズをとる

その様子がなんだか微笑ましくて
わたしもちょっと笑いながら
シャッターを押す



マドリッドはさすが首都、大都市で
王宮、公園、大聖堂・・

建物の背がぐっと高くなり
空がちょっと遠くなるけれど
建物の装飾や街並みがさすがの見ごたえ

・・なのだけど
マイヨール広場のベンチで
わたしはぐったりしていました

というのも
久々の美術館巡りで心身を使い切り
はぁ~つかれた・・・となった次第


「光と影の国」と例えられるスペイン

来てみると確かに
太陽の明るさは圧倒的だし
その光を遮る建物がつくる影
そのコントラストの強さで納得なのですが

広大な土地と長い歳月
奪い、奪われ、取り返す戦いで
繰り返された陰と陽
この背景が強いのではないかと

スペインの画家たちはその状況と共にあり
画面にまっすぐに、時に意味を含ませて
描き残した数々の作品

スペインではベラスケス、ゴヤのような
宮廷画家達の存在が大きく
残されている作品も多い
画面が大きい上
技術はもちろん陰影テクが凄まじいので
暗闇に際立つ主題がドーンと

そのコントラストにやられたのです

近代になるとピカソ、ダリ、ミロの登場で
画面の明るさには助けられるところですが

その色が救いを意味してしまうから、と
ピカソの『ゲルニカ』はモノトーン

みちゃったらですね
もう、動けなかったです



バルにでも行こうかな

夕方も近くなった広場で
安易な気分転換を考えていたところ
にこやかな紳士が現れました

身振りが
となりに座っていいかな?と尋ねているので
どうぞ、とこたえる

ほんの一時を挟んで、紳士がわたしに尋ねる

どこから来たのですか、日本から来ました
どこか観光しましたか、美術館へ行きました

お互いの母国語と少々の英語で
いつものやり取りをしたところで
どうやら地元の住人である紳士に
近くにバルはないかと聞いてみました

そこにもあるし、あそこにも
と、紳士が指さたところで

じゃぁ一緒に行こう

え? あ、はい

紳士に付いていくと
さきほど指さした一番近いバルに入る
豚足的ハムがぶら下がり、カウンターには
タパス、客も数人並んでいました

わたしたちのコンビに
おやっという顔をする隣客
紳士が何かを伝えると納得したのか
オラ!と笑顔で挨拶をしてくれ
わたしもオラ!と返すと
カウンターの住人に仲間入りした気分

ビールやタパスをつまみながら
ジェスチャーや筆談であーだこーだと
とてもなごやかに会話がすすみ
ようやくお互いの名前にたどり着き
紳士は、Julianと書いて
フリアンと発音するのだそう

そろそろ帰りますね、お暇しようとすると

tomorrowは(どうするのかな)?
明日もmuseum(へ行こうと思います)
そうか、ではmuseum後、ティーはどうかな?
美術館近くのバルを紙にメモしてくれました

ホントかなぁ、と思いながらメモを受け取り
今日はありがとう、さよならと店を出ました

翌日
美術館を訪ねた後、ちょっと迷いつつ
約束の場所へ行ってみると
フリアンはカウンターで新聞を読んでいました

あ、ほんとにいた

わたしは見てきた作品のことや
写真を撮ったり絵を描いていること、
フリアンは医療関係の仕事をリタイアして
今はのんびり暮らしていること、
少しお互いの状況がわかってきたところで
ふと思いつき
写真を撮っていいかとフリアンに聞きました

レンズを見てもらって撮る
地元の人のポートレートは初めてだった



また、マドリッドに遊びにおいで
飛行機代は自分が出そう

え?

また遊びにおいでと
言われたことは何度もあるけど
チケット代までついてくることは
さすがにない

いやいやそんな
遊びに来たら連絡しますから

いいんだ、チケットはだすから
また遊びにおいで

ずいぶん熱心に言われてしまい、
だって
日本とスペイン間ってまぁまぁな金額ですよ?
出会ったの昨日だしそんなことある?
それってどういう?ただのお金持ち?

ええー!いいーんですか!と
言ってみる発想がない若いわたしは少しズレていく

この身なりからして
女性性を発揮できているとは心底思えないが
中にはモノ好きな・・・

返答に困り、しどろもどろしていると
フリアンが、あ!とした表情をして

あぁ、あ・・そうじゃないんだ!
なんというか、
また会って、話をして、というだけで、

君を食べたりしないよ!
(真剣)


我に返えるのと
いろんな語弊が頭をよぎり
爆笑してしまった

あはははは

フリアンも笑ってしまってる


写真ができたら送るから、と
フリアンに住所を書いてもらった

じゃぁ、また、いつか!



もう、なんの話だったのアレ、と
いまだに笑ってしまうけど
彼にだいぶ追いついてきた今のわたしは
写真をみながら
なかなかいい男だなぁ~と思ったりする


写真は帰国してからしっかり手焼きして
手紙と一緒に送りました

ちょっと悩んで
わたしの住所は書かずに





絵を描いて写真を撮り、文章にして、まわりのモノ・コトを描き留めます。